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zoom RSS 父と母のこと。

<<   作成日時 : 2008/08/11 21:31   >>

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父と母のこと。


ほんとうは、
両親のことを話したくありません。
でも、不思議なことに、
詩は、そんなところにやってくるのです。

わたしの父と母は、
知恵遅れでした。

父親は、生まれつきの学習障碍で、
母親は、十歳の時、日本脳炎になり、
その後遺症でした。

ふたりは京都の生まれです。
どんな馴れ初めで夫婦になったのか、
わたしは知りません。

父親の口癖は、
「きやすう、きやすう言うてくれるな」でした。
「そんなに簡単に言ってはいけないのだ」と、
父親は、話し相手の母を、
何度もたしなめるのです。

母親は、小柄で優しい人でしたが、
何かから身構えるように、
いつも、怒ったような顔をしていました。
でも、着物姿で歩くと美しくて、
いつも人がふり返りました。

戦争中が、二人の青春時代で、
なべぞこ景気と言われた戦後に、
新婚生活がはじまっています。
普通の人でも粗末に扱われた暗い時代、
障碍を持った二人が、
どんな酷い目にあったのか、
わたしは知りません。

京都を追われるように出た二人は、
小学生のわたしを連れ、
父方の親戚を頼って岐阜にやってきました。
今から、46年前のことです。

ある日、
母親が わたしに聞いたことかあります。
「バカて、漢字でどう書くの?」
「馬と鹿だよ」と教えたら、
「ふーん、馬ていうたら、♪お馬の親子やね、
 鹿は、奈良公園にいてる、
 両方とも、きれいな動物や」と言って、
にっこりしました。

ふたりは、
ひとをさげすんだり、
分け隔てすることは、ありませんでした。
周囲の人、すべてを、うやまっていました。
「自分があほやから、そんなふうになったんや」と
わたしは、恥ずかしく思っていました。
でも、とんでもない間違いでした。
ふたりは、人として、とても謙虚だったのです。
本当の知恵遅れはわたしでした。
いいえ、知恵よりも、
もっと大事なものが遅れていました。

今から思えば、
父親は、トムクルーズやアインシュタインと同じ、
ディスレクシアという障碍でした。
母親は、小学校の三年生までは成績が良く、
京都の映画村で子役をしていたそうです。

父と母の話をしましょう。
これから、
もっと、もっと。

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